ただ空が飛びたかったんだ。 夢の中なんかじゃなくて、遊園地の乗り物なんかじゃなくて、僕はただ自由に空を飛び回りたかったんだ。 石を、蹴る。 なげやりに蹴上げた足の先はぐいんと勢い良く空を仰いで、飛ばされていった小さな石は電柱に当たってかちんと鳴った。 ――ムカツク。 空が曇っているのも、ランドセルが後ろでカタカタいってるのも、塀の上に猫がいるのも。おもしろく、ない。 ――ムカツク。 頭のなかにあるのは、大嫌いなオンナのことだけ。真っ赤な口で馬鹿にしたように笑いやがった、担任の中川。「くす」ってさ、息を鼻から抜いたようなのも、思い返すと腹が立つ。 (おまえが書けってゆったんだぞ) 歪んだ顔で汚らしく笑ってる頭のなかの中川に文句を言ってみたりするけど、本当の僕は逃げ帰ってきたんだった。とっさに奪い返してきた紙はぐちゃぐちゃになってランドセルに入っている。 『将来の夢はなんですか?』 文集に載せるお決まりの内容。だけど今年のは特別だったから、「卒業文集」だったから、僕は正直に書いたのに。 「……飛行機、じゃないでしょ。パイロット、でしょ?」 そう言って、「くす」。 ――おまえに何がわかるんだよバカヤロウ。 僕はただ、自分の力で空を飛びたいんだ。 そしてお父さんやお母さんや、いろんな人を乗せて好きなところへ連れて行ってあげるんだ。 おまえなんか、頼んだって連れてってやらないからな! 石を投げたら、猫はいなくなった。 僕はまた、ランドセルを鳴らしながら歩き出す。 (パイロットだって? 冗談じゃない) 飛行機の音が遠くに聞こえたけど、空いっぱいの雲がきっとどこかに機体を隠してる。 |
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